地域の患者さんの生活やぬくもりの近くにありたい|都農町国民健康保険病院・井上先生インタビュー

 都農町国民健康保険病院は、高齢化率40%、人口1万人の都農町で唯一入院ができる医療機関です。今回お話を伺ったのは、そこで総合診療医として働く井上奈津子先生。

 井上先生が医師になろうと決意したのは中学生の頃だったと言います。早い段階で将来を決めたきっかけは何だったのでしょうか。医師になって現在4年目の井上先生に、医師を志したきっかけや総合診療医になるまでの経緯などを伺いました。

地元の病院の“医師不足”が志すきっかけに

——井上先生はどちらのご出身ですか?

 延岡市出身です。宮崎大学医学部を卒業して、初期研修の2年間は宮崎生協病院で過ごしました。その後1年間鹿児島生協病院で研修を受けて、都農町国民健康保険病院に来ました。

——医師を志したきっかけは何でしたか?

 「医師になろうかな」と思い始めたのは中学生の頃でした。その少し前に、延岡の県立病院では医師の“大量退職”があって、大人たちが“医師不足”について話していたんです。

 私は動物が大好きなので、もともとは「獣医になりたい」と思っていたのですが、「動物よりも人間のお医者さんの方が良いのかな」と思って医師を志すことにしました。

——中学生で志すとは早いですね?

 もし自分の家系に医師がいる人だったら、もっと早くから志すのかもしれません。私の場合は「医師が足りない」というニーズがあるのを知ったのが中学生でしたし、勉強が嫌いではなかったので「目指せそうだ」と思いました。

 最初は軽い気持ちだったと思います。中学から吹奏楽を始めたのですが、楽器の楽しさに気づいて一時期は“音大”に行くことも考えていました。「どちらがいいのかな」と考えた時に、「人と関わり続ける職業の方がいいな」と思ったので医師にしました。高校は進学校に入って、吹奏楽は続けながら医学部を目指して勉強していた感じです。

——「医師不足だから私がやらなきゃ!」という感じだったのですか?

 子どものころは真面目だったんですよね。「じゃあ私がやる!」「人助けができるようになろう!」という志は高かったと思います。

地域に生きる患者さんたちとの出会い

——医師不足がきっかけだったから、自然と“地域医療”に繋がっていったのでしょうか?

 宮崎大学医学部が地域医療に力を入れているからという理由もありますが、初期研修中の患者さんたちとの出会いが大きかったです。

 医学生の頃はいろいろなフィールドで働く医師の存在を知って、国境なき医師団や産婦人科などに興味がありました。でも、私が医師として最初に出会った患者さんたちが地域に生きる人たちだったので、初期研修が始まってから地域医療に目線が向いていきました。

——患者さんとの具体的なエピソードがあれば教えてください。

 私が初期研修を受けた宮崎生協病院は宮崎市の大島町というところにあって、周辺に住むさまざまな病気や社会的な困難を抱えた患者さんたちが来ていました。

 中には仕事のストレス解消のためにたばこがやめられなくて肺の病気を患っている方や、経済的に余裕がなく家を失ってコンビニの駐車場で車中泊をしていたという方もいて、体だけでなく生活が関係している病気もあったんです。

 そうした患者さんたちの治療をする中で、「生活のことまで考えないと健康は成り立たないんだな」と感じました。その生活がどこにあるかというとやはり地域なので、患者さんの健康を考える中で地域医療のウェイトが重くなっていった感じです。

 また、宮崎生協病院では組合員の方たちが“班”を形成していて、自分たちで定期的に集まって健康増進活動のようなことをされていました。「医療者側が提供する健康」だけでなく、「地域の方たちが自分たちで作る健康」というのが印象深かったです。「そうした方たちと協力すれば何か素敵なことができるんじゃないかな」と思いました。

 地域の患者さんたちの生活・ぬくもりの近くで医療をするのが自分の性に合っていると思います。初期研修の2年間を経て「地域の近くにありたい」と思いましたし、「それができるのが総合診療科だな」と思ったので、3年目以降はこの道を選びました。

——「仕事のストレスでたばこがやめられない」など生活に関することは、質問して聞き出さないとなかなか得られない情報ですよね?

 人の生活や人生の話を聞くのが好きなのもあり、その延長のような形で聞くこともあります。ただの興味で終わらずにその患者さんのより良い生活・健康に繋がっていくと思うと、とても良いフィールドだなと思います。

社会的背景が困難・複雑な患者さんにも向き合えるロジックを身に付けたい

——総合診療科の先生に共通する特性のようなものはありますか?

 皆さん人間好きな感じがします。それと非常に勉強熱心で、教えることも上手な先生が多いです。

——総合診療科は何を勉強することが一番大切だと思いますか?

 私が総合診療科でなければ勉強できないなと思ったのは、患者さんの背景を捉えるフレームワークや、困難な状態をどのように分析してどこに介入するかといったことを見つけ出すロジックです。センスや感覚ではなく「こう聞いたら重要な背景が出てくる」「こういう公式で因数分解していけば分かりやすくなる」みたいなロジックがあるんですよ。

——コミュニケーション力だけではないんですね?

 もちろんそれも大切ですが、困難・複雑な背景の患者さんに、自分が持ち得るコミュニケーション力・人間力・優しさだけでぶつかっていくのはあまりにも困難過ぎます。

 まだ二十数年しか生きていない若者に、70年や80年生きている患者さんの毛糸の絡まりはほどけないことが多いです。初期研修の2年間は「向き合いたいけれどとてもエネルギーを消費するな」ということが多かったんですよね。

 総合診療科の先生たちは良い意味で力の抜けた感じで穏やかに関わりつつも、“最適解”を見つけるためにチームで連携しています。そこにはセンスや感覚ではなく、きちんとした理由があることを知り、それを勉強したいなと思いました。

 私が向き合いたいのは社会的背景が困難・複雑な患者さんだからこそ、それを紐解くロジックや公式のようなものを身に付けたくて総合診療科に来ました。

患者さんやスタッフと対話しながら診療できる医師に

——いろいろな専門分野がある中で、総合診療科では初診でどこからどこまで診るという入口をどのくらい広く捉えるものなのですか?

 できるだけ広く捉えたいですね。最近はメンタルケアなど、精神科に近いようなところを診ることもあります。また、妊娠・出産に関しては産婦人科できちんと診てもらう必要がありますが、女性のヘルスメンテナンスは総合診療科に必要なスキルの一つとされています。

 「なんか調子が悪いな」「どの診療科に行けばいいのか分からない」「精神科などの専門科は敷居が高いけれど医師には相談したい」といった時の窓口になるのが総合診療科です。

 紹介することになっても「また帰ってきていいからここに行ってきてね」「また待ってるよ」という感じでベースキャンプのような関わり方ができます。

 どこかが悪くなって専門的な治療が必要になった時には紹介して、良くなってまた戻ってこれたら「良かったですね」という会話ができる。主治医としてずっと関わっていけるのが本当に良いなと思います。

——医師の方はどのように自分のメンタルケアやコンディション管理をされているのですか?

 私は最近「自分をケアする手段をたくさん持っておくことが大事だな」と思うようになりました。以前は休みの日も病院に行くことがありましたが、最近は「休みの日は休もう」と心がけて自分の時間を大切にするようにしています。

 家でリラックスして時々友人と電話したり、直接会って話したり、外に出てキャンプをしたり、ギターを弾いたり、映画やYouTubeを見たり、料理をしたりして過ごしています。

——総合診療医に向いているのはどんな人だと思いますか?

 範囲を狭めずに全部やりたい人、世話好きな人ですかね。それから、「ワークライフバランスを大事にしよう」という傾向がある診療科なので、「自分の時間も大切にしたいし、充実感を持って働きたい」という人には向いていると思います。

 共感・想像力も総合診療医に大事な資質だと思います。自分が経験したことのない背景を持った患者さんに、「大変でしたね」「良くがんばってきましたね」と寄り添える力はとても大事です。

 「こういう困難もあるかもしれない」「こういったところがめぐりめぐって病気に繋がっているんじゃないか」と想像力を働かせることが総合診療の広がりになるのかなと思います。

——総合診療医のどんなところに可能性を感じますか?

 総合診療科は窓口を広く持っていますし、地域や行政、企業などと連携しやすい分野だと思います。今後健康を担う分野が増え、AIによる診療が広がっていくと思いますが、もしそうなっても総合診療科は残り続けるのではないでしょうか。AIには診察室で患者さんの手を握って話をすることはできないですよね。

 いろいろな職種の心の機微をうまく捉えながら連携していけるのも総合診療科の強みだと思います。病院に留まらずに広く展開できるので、いろいろな可能性を秘めていると思いますね。

——最後に今後の展望を聞かせてください。

 患者さんやスタッフと対話をしながら診療できる医師になりたいです。スタッフとの対話という面では、「チームを作る力をつけていきたい」という思いがあります。

 一緒に働いてみると、スタッフにはそれぞれ「ここはゆずれない!」というところがあるなと感じます。チーム内で医師が絶対なのではなく、スタッフが勉強し、経験して作りあげた“Clinical Pearl(クリニカルパール)”のようなものがあるんです。それがあらかじめ分かっていると、よりスムーズにものごとを進められたり、認めてもらえたりと、良い関係が築いていけるのかなと思います。もっと職種の特性やスタッフのことを理解したいです。

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